ミスに対して自分を必要以上に責めてしまうのをやめたい

今日仕事でモヤモヤすることがあった。

 

休職している間、社内で新たな業務ルールができていて、それを間違って教わった。

ルールを教えてくれた人もどうやら間違って理解していたらしい。

 

その誤解のせいで今日仕事でミスをして、上司に注意された。

 

その注意の仕方は別に激昂されるわけでも、きつい言い方をされるわけでもなかったが、なぜかショック(?)を受けた。

 

自分の感情を分析することは精神安定に良いらしいので、

今回はその気持ちと向き合っていきたい。

 

何を思ったか

 

今回のミスを咎められたとき、何を思ったか。

気持ちの強さ順に書くと、

 

・やってしまった。だめだ。

・自分は悪くないのになぜ怒られなければならないのか

・上司は私を悪く思っただろう。

 

こんなところだろう。

感情として分類すると

 

・やってしまった。だめだ。

→自己嫌悪

・自分は悪くないのになぜ怒られなければならないのか

→いらだち

・上司は私を悪く思っただろう。

 →恐怖

 

ってところか。(語彙力がないので適切に表せているか怪しい)

こういった感情が絡まった結果、「もやもや」になったのだろう。

 

自分はミスをしたときに(自分に非があるないに依らず)ひどくショックを受けることがあるが、それはこういった思考が人一倍強いからだろう。

 

それぞれの感情に対して、和らげるような考え方を書いていき、自分の気持ちを楽にしたい。

 

ミスは誰だってするし、取り返せばよい

ありきたりの言葉だが、ミスは誰だってする。ミスのない人間なんていない。

 

ましてや今回は、自分に非はないのだ。

真に怒られるべきは私に間違いを教えた人間である。

咎めるつもりはない)

 

気にする必要は全くないのだ。

次からはしなければいい。

 

理解されないからそれがどうした

今回のミスに対して私に非はない。

 

でも上司の注意の仕方は私が悪いかのような言い方だった。

 

自分を正当に理解してもらえていないことに対して、いらだってしまったが、だからどうした。

 

その上司と一緒に生活するわけではない。正当に理解してもらえなくたっていいじゃないか。気にするな。

 

それほど上司は気にしていない

今回ミスしたことで上司は自分のことをできない奴と思ったかもしれない。

そういった気持ちが自分を苦しめる。

 

でも、言うほど上司は気にしていないのだ。

 

仮に自分が上司で自分の部下がミスをしたとき、私なら全然気にしない。

 

もちろん上司は自分ではないし、部下のミスを気にするタイプかもしれないが、その不確定性に悩む必要は時間の無駄である。

 

自分だったら気にしない。それで十分じゃないか。

 

 

 

自分の感情を分析する習慣

今回自分の感情と向き合ってみた。

 

書きながら自分の感情が整理でき、気持ちが楽になったような気がする。

 

今後もストレスを感じたり、もやもやしたりしたときにこういったように自分の感情を分析していきたい。