劣等性と劣等感と所属感

現在、適応障害で二度目の休職中である。

 

先日精神分析を受けたところ、大きな劣等感があるのが根本原因であると分かった。

 

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それを受けて、「劣等感がなくなる方法」という本を読んでいる。

 

まだ読んでいる途中なのだが、

 

いくつか発見があったのでメモしておきたい。

 

 

劣等感のある人の特徴

深刻な劣等感のある人は強迫的なまでに人と比較する。

 

そして優越感を得ようとする。

 

とにかく人より優位であるという実感を得ることで、

 

自分の存在意義を見つけようとするのだ。

 

まるでそうしないと自分の存在意義がないかのように。

 

劣等感が劣等感を助長する

深刻な劣等感のある人は人と比較して、優越感を得ようとする。

 

もし優位に立てない場合は、優位に立つための努力をする。

 

一見それは良いことのように思えるが、

 

劣等感による努力で得られた成果は、決して劣等感を解消してくれないのだ。

 

確かに一時的な優越感は得られる。

 

しかし、それがまた「優位に立たないと存在意義がない」という考えを助長してしまうのだ。

 

そして、また人と比較して優位に立つべく努力をする。

 

優位に立てればいいが、いつも優位に立てるとは限らない。

 

そして自分の存在意義がないと苦しむのだ。

 

劣等性と劣等感

人間誰しも他人と比べて劣っている点がある。

 

しかし、それは単なる”劣等性”であり、”劣等感”ではないのだ。

 

「他人と比べて劣っている」という事実が

 

「他人と比べて劣っている自分はダメな奴だ」という思考に変わった瞬間、

 

”劣等性”は”劣等感”となる。

 

多くの人は”劣等性”のままで終わるが、

 

深刻な劣等感のある人は、”劣等性”を”劣等感”へと変えてしまう。

 

 

 

深刻な劣等感のある人は、ありとあらゆる点で人と比較する。

 

当然どこかで人よりも劣っている点がある。

 

そして自分はダメな奴だと思い、苦しむのだ。

 

 

所属感の欠如

では、”劣等性”を”劣等感”にしないためにはどうすればいいのか。

 

深刻な劣等感を抱える人に足りないものは”所属感”であるという。

 

「自分がここにいていい」という”所属感”である。

 

深刻な劣等感のある人は、

 

自分の存在意義を”優越感”から得ようとするのだ。

 

 

そうではないのだ。

 

別に人より優れていなくてもここにいていいのだ。

 

その気持ちがあれば"劣等感”を抱かなくてすむ。

 

所属感を得るには

所属感を得るにはどうすればよいのか。

 

それは心のふれあいを得ることである。

 

その場に心がふれあえる仲間を見つけることで所属感を得るのだ。

 

 

 

深刻な劣等感を抱える人は、幼少期から心のふれあいを感じることが少なかった。

 

そのため、所属感を得られず、優越感によって存在意義を得ようとしてきたのだ。

 

優越感を常に追いかけるため、劣等感を抱いてきたのだ。

 

 

自分の場合

たしかにこの本に書いてあることは大方私に当てはまる気がする。

 

私の父は、劣等感の塊のような人間で、常に人より優れていることが求められた。

 

しかし、実際は人より優れていないことの方が多く、それを叱られることも多かった。

 

そのような土壌で私の劣等感は培われていったのだと思う。

 

 

思えば私は常に自分と他人を比較している。

 

そして優位に立てないとひどく落ち込んでいる。

 

 

それは確かに所属感を得ようとしているのかもしれない。

 

自分の存在意義を求めているのかもしれない。