「今年で何歳になる?」
おそらく年末年始で多く発せられたであろうこの質問。
私はこの質問が嫌いだ。
別に「また一つ歳をとることを実感するから」といった理由ではない。
面倒なのだ。
それは私が早生まれだからである。
「え、別に早生まれだろうと面倒じゃなくね?」と思われるかもしれない。
だが、それは早生まれエアプの発言である。
まずはマイノリティを理解するところから始めていただきたい。
年末年始にかかわらず、年齢を聞かれることはよくある。
初対面の人からの自己紹介のときだったり、会社の上司からの何気ないコミュニケーションだったり、いろいろな場面で年齢を聞かれ得る。
「今年で何歳になる?」という質問に対して、"非"早生まれの人は素直に答えればよいが、私のような早生まれは、"今年"が文字通りの"今年"を指しているのか、それとも"今年度"を指しているのかを一瞬考える必要がある。
"非"早生まれと違って工程が一つ必要なのだ。
これが本当に煩わしい。
「別にどっちでもそんな大差なくね?その質問にそんな深い意味はないよ」と言ってくる"非"早生まれがいたら、本当にどうしようもないやつだ。
"今年"を文字通りの"今年"と受け取り、
「(今は5月で誕生日は過ぎたから…)28ですね」
と答えると、
「え、てことは修士卒だから入社4年目?」
と返ってくる可能性がある。
「あ、いや、5年目ですけど、誕生日が2月でもう過ぎてて…」
と訂正しなければならない。
逆に"今年" を"今年度"と受け取ると、
今度は逆の訂正をしないといけないことがある。
年末年始の会話だと、こっちのケースが増えてくる。
この質問は、質問者と自分以外の人間もいるときはもっと厄介になる。
例えば、妻は5月生まれ、私は2月生まれなのだが、私達二人が「今年何歳になる?」と聞かれたとき、
「私は28、妻は26」ということを伝えると、当然質問者は「私達が2歳差である」という認識をする。
それで問題ないケースもあるが、学年の話になるとそれを訂正しなければならない。
それを先回りして、「28と26ですけど、私が早生まれなので、3学年差です」と答えることもあるが、相手からするとまわりくどいだろう。
こういう煩わしさを小学生くらいからずっと感じてきた。
担任の先生がふと、「君って平成何年生まれ?」って、ついうっかり私に聞いてしまうと、「えーっと、平成6年ですけど、早生まれなので平成5年が多いです…」みたいな、なぜかこちらが悪いかのような反応をしなければならない。
一方、この質問を"非"早生まれの人は、「平成5年ですね(キッパリ)」と答え、早生まれの私からするとなんだか存在を無視されたかのような気持ちになる。
早生まれはずっとこういう煩わしさを持って生きてきた。
そもそも"早"生まれってなんだよ、早くねえよ、遅いんだよ。